心の名馬たち(2) アジュディミツオー

逃げ馬の美学・アジュディミツオー


追いかけられるから逃げるのか。

勝つために逃げるのか。

己を貫くために逃げるのか。

果たしてアジュディミツオー(以下、ミツオー)は

何のために逃げていたのだろう?



その問いに明確な答えを見つけるのは難しいし

その時々で理由も違っていたことだろう。

だが、ミツオーの勇敢な走りを見ていると

様々な感情が沸き起こってくる。

それはある人にとっては勇気かもしれないし

またある人にとっては希望かもしれない。

見ているものを惹きつける

そんな走りを見せてくれた馬

アジュディミツオーが今回の主役だ。



4コーナーを回るとき

後続馬の足音が徐々に大きくなってくる。

ゴールが近付くにつれ

その影は確実に迫ってくる。

しかし、あるところまで来ると

計ったかのように差が縮まらなくなる。



それはたとえ、相手がシーキングザダイヤでも

カネヒキリであろうとも関係ない。

最後の最後まで俺のポジションは譲らない

そんな逃げ馬の美学が

アジュディミツオーの走ったレースには溢れている。



JRA勢に跳ね返されたジャパンダートダービー(JpnⅠ)


2003年の9月。

地元の船橋競馬場で新馬戦を飾ったミツオーは

休みを挟みながらもデビューから3連勝を飾る。

そして初めてのG1にチャレンジするために

大井競馬場へと遠征をする。

大舞台・東京ダービー(G1)である。



この年の東京ダービー(G1)は

ミツオーの父であるアジュディケーティングの子供たちが

人気の中心になっていた。

1番人気はベルモントストーム。

デビュー以来、圧勝続きの5連勝。

南関東クラシック第一戦の羽田盃(G1)には出走せずに

ここに臨む形となった。

ミツオーがこれに続く2番人気で

羽田盃(G1)で2着に入った

キョウエイプライドが3番人気で続いていた。



レースでは出遅れたミツオーが

遮二無二ハナを奪うと

最後まで後続の追撃を寄せ付けずに

名手・佐藤隆ジョッキーを背に

逃げ切ってダービー馬の称号を手に入れた。

キョウエイプライドがしぶとく伸びて2着。

ベルモントストームは距離的なものなのか

伸びきれず4着だった。





4連勝を飾ったミツオーは

世代ナンバー1のプライドを引っ提げて

JRAの馬たちとの戦いに挑む。

交流GⅠ・ジャパンダートダービーである。

7月のはじめにしては暑い1日で

最高気温は35度を超えていた。

レースはトゥインクルの夜とはいえ

蒸し暑かったに違いない。

そんな中、ファンはミツオーを1番人気に評価した。



レースはミツオーが2番枠から

ハナを奪って悠然と逃げる。

しかし、4コーナーを回って直線に向くと

前走の雪辱を期すベルモントストームが

早めに並んでくる。

必死に抵抗するミツオーだったが

外からカフェオリンポスが一気の脚で交わしさる。

結局、ミツオーは4着に敗れた。



彼自身の時計は2:05:3。

それは、勝った東京ダービー(G1)のときと

同じものだった。

この時計ではまだ足りなかった。

それでも、直線で早めに後続に並ばれて

馬群に呑みこまれてしまうかと思ったが

最後まで踏ん張って4着に残ったのは

この馬の底力を示していたと思う。



3歳にして東京大賞典(GⅠ)制覇


続く黒潮盃(G2)では

行き脚がつかず今一つリズムに乗れない走りで

キョウエイプライドの3着に敗れると

続く交流重賞・日本テレビ盃(GⅡ)からは

内田博幸ジョッキーが馬上を任されることになった。

しかし、レースでは好スタートから逃げた

昨年の東京ダービー(G1)の覇者

ナイキアディライトを捕まえられずに

半馬身差の2着と敗れる。



だが、はじめての古馬との対戦に加え

2番手からの競馬でも力を発揮したミツオーは

少しずつ完成の域に近づいていく。



続くJBCクラシック(GⅠ)は

6番人気という低評価だった。

それもそのはずJRAからは

大将格のアドマイヤドンを筆頭に

前走のマイルチャンピオンシップ南部杯(GⅠ)で

これを破った個性派ユートピア

晩成の血が花開き

この年すでに重賞4勝のタイムパラドックスが参戦。

これに前走で後塵を拝した

ナイキアディライトも顔を揃えていた。



だが、ミツオーはそんな評価を覆し

アドマイヤドンの2着と健闘する。

ここも控えて3番手からの競馬となったが

一線級のスターホースを相手に堂々と渡り合った。

ミツオーはもはや一介の逃げ馬ではなくなった。





そして、年末の東京大賞典(GⅠ)へと

駒を進めることになる。

JBCクラシック(GⅠ)では3着に敗れたものの

続くジャパンカップダート(GⅠ)を制した

タイムパラドックスが1番人気。

盛岡のダービーグランプリ(GⅠ)を圧勝し

アメリカ遠征帰りのパーソナルラッシュが2番人気。

ミツオーが僅かに遅れてこれに続いた。



レースはパーソナルラッシュが大きく出遅れる中

JBCクラシック(GⅠ)ではハナを切った

ユートピアが先行しようとするところ

これを制してミツオーが前に行く。

内田ジョッキーは抑えに行ったが

ミツオー自身が『俺が行く!』といった感じで

自ら逃げの手に出たように映る。



そして、そのまま悠々と逃げ切った。

前半5ハロンが60.2秒。

後半のそれが60.4秒。

この馬自身が正確に刻んだ理想の走りだった。

春は肩を並べていた

カフェオリンポスとキョウエイプライドは

それぞれ12着と13着に敗れ

それが余計にミツオーの成長を

現わしているように思えた。



連覇を懸けた東京大賞典(GⅠ)


年が明けて4歳になったミツオーは

果敢にドバイワールドカップ(GⅠ)に挑戦する。

地方馬で初となる快挙だったが

結果はロージズインメイから離された6着だった。

個人的にはもう1年あとで参戦していれば

もっと頑張れたのではないかと思うが

こればかりは運命なのだろう。



日本に戻り、連戦の疲れを癒したミツオーは

秋から再スタートを切る。

しかし、日本テレビ盃(GⅡ)で

6馬身差の3着と完敗を喫すると

続くJRA初参戦となる武蔵野ステークス(GⅢ)は

59㎏の斤量とスタートの芝に苦戦し4着。

さらにジャパンカップダート(GⅠ)では

初の二桁着順となる10着と大敗を喫してしまう。





噛み合わないレースが続くなか

ミツオーは連覇を賭けて

東京大賞典(GⅠ)に出走する。

このレースを落とすと

この年は未勝利ということになってしまう。

せっかく咲かせた花を

そう簡単に散らしてなるものか。

川島正行調教師をはじめ

織戸眞男オーナー、内田ジョッキー以下

陣営も覚悟のいる一戦だったに違いない。



ミツオーは4番人気の支持を得ていた。

近走の成績を見ればこんなものだろう。

1番人気は昨年に続きタイムパラドックス。

この年は、帝王賞(GⅠ)と

JBCクラシック(GⅠ)を制していた。



寒空の下、ゲートが開いた。

ミツオーにしては好スタートを切ると

外から並びかけてきたナイキアディライトを制して

内田ジョッキーが押して押してハナを奪う。

力を出し切るために、勝つために

1年ぶりにミツオーが逃げる。



昨年より僅かに速いラップを刻みながら

マイペースの一人旅。

抜群の手応えで4コーナーを回ると

直線でもその脚色は衰えない。

苦しくなったナイキアディライトを捉えた

シーキングザダイヤが猛然と迫って

1馬身半差まで詰めてくるが

ゴール前では一向に差が詰まらない。

タイムパラドックスも3着が精一杯。

結局、ミツオーが堂々と逃げ切って

東京大賞典(GⅠ)連覇を達成する。



ゴール板を過ぎて

左手の拳を2度突き上げた内田ジョッキー。

1度目はファンの目を意識してのものだろう。

だが、1コーナーを回る時の2度目のそれは

大きな安堵とこの馬の復活を喜ぶ

ありのままの反応だったと思う。

この舞台なら勝って当然。

そんな自信と矜持を垣間見た瞬間だった。



ミツオー vs カネヒキリ


ミツオーは続く年明けの川崎記念(GⅠ)でも

シーキングザダイヤ、タイムパラドックスらを相手に

逃げ切り勝ちを収める。

続くフェブラリーステークス(GⅠ)は

後方からの競馬になり7着に沈むが

その後のマイルグランプリ(G2)を圧勝。

さらに、かしわ記念(GⅠ)では

ジャパンダートダービー(GⅠ)以来となる

圧倒的な1番人気に応え

本格化してきたブルーコンコルド以下を退け

4つ目のGⅠタイトル手にした。





充実一途のミツオーは

とうとうあのレースを迎えることになる。

2006年6月28日・大井競馬場。

第29回の帝王賞(GⅠ)である。



1番人気はカネヒキリ。

4歳にして既にGⅠ4勝の名実ともに王者だった。

前走はドバイワールドカップ(GⅠ)を走り

ミツオーを超える4着と健闘していた。

(入線順位は5番目だが、2着馬の失格により繰り上がり)



迎え撃つミツオーが差のない2番人気。

この日の馬体重は前走から-16㎏。

調整の失敗や調教のやり過ぎなどではなく

研ぎ澄まされた究極の仕上げだったのだろう。

カネヒキリ相手には、JRAの舞台で相見えて3連敗中。

もう負けられない。

最高の出来でなければ太刀打ちできない。

得意の舞台で、いざ帝王決戦である。



スタートが切られた。

内田ジョッキーが気合いをつけながら

ミツオーを先頭へと導く。

カネヒキリは楽に3番手のポジションを確保して

1コーナーを回っていく。



前半の1000mを通過して60.9秒。

馬場差はあれど

昨年の東京大賞典(GⅠ)と全く同じペースである。

カネヒキリは内を通って2番手に上がっている。



3、4コーナーの中間地点。

カネヒキリが手を動かしてミツオーに迫る。

しかし、ミツオーは動じることなく悠然と

2馬身のリードを保ったまま直線に向かう。



先にステッキを抜いたのは

カネヒキリの鞍上・武豊。

一方のミツオーは追い出しを我慢する余裕がある。



残り300mを過ぎたあたりか。

内田ジョッキーが追い出して

そして鞭を振るう。



残り200mからは右鞭の連打。

ミツオーが最大限の走りでこれに応える。

カネヒキリの姿が徐々に迫ってくる。



残り100m。

ミツオーの脚色は一向に衰えない。

カネヒキリも伸びているが差が縮まらなくなった。

このままどこまでも走っていけそうに見えた。

どこまで行っても交わされることはなさそうだ。

気付くと内田ジョッキーの左腕が

高々と掲げられていた。



勝ち時計の2:02:1は当時のレコードタイム。

ミツオーは後半の1000mを

昨年の東京大賞典(GⅠ)より

丸1秒速く走ったことになる。

この進化がなければカネヒキリ相手には

勝てなかったということだろう。

究極の仕上げに最大限の走りで応えたミツオーが

現役最後のGⅠを制した夜だった。





このレースで全てを出し切っていたのかもしれない。

半年の休養を経て臨んだ東京大賞典(GⅠ)は

ブルーコンコルドから5馬身以上離れた5着。

続く川崎記念(GⅠ)は

ヴァーミリアンに6馬身差をつけられて

2着に敗れた。



結局、カネヒキリとの名勝負を繰り広げた

あの大井の夜以降

ミツオーが彼本来の走りを見せることはなかった。

最大限の走りの栄光とその代償。

ケガにも苦しみながらの晩年だった。

3年後の帝王賞(GⅠ)で10着に敗れると

その後、脚のケガもあり8歳で現役生活に幕を下ろした。

彼が走った道筋には5つのGⅠタイトルと

2度の地方年度代表馬の称号が輝いていた。





そんなミツオーも父となり

産駒が2013年シーズンからデビューしている。

笠松競馬所属のレインメーカーが

世代初白星をあげると

大井のイチネンセイ、

川崎のフェイスシャインがこれに続いた。



種牡馬としての価値は正直わからない。

良血と呼ばれるような血統ではないから

恵まれた環境だとは思わない。

だが、そんな中でミツオーと同じように

強い相手と戦うことで力をつけていくような

逞しいミツオージュニア達が

競馬場を大いに沸かせてくれる日を

気長に待ちたい。



地方にだって強い馬はいる


南関にだって、いや地方にだって強い馬はいる。

ミツオーは僕にとって

そう思わせてくれた最初の1頭でした。



ミツオーがカネヒキリに勝った帝王賞(GⅠ)は

手に汗を握りながら

もうびしょびしょになりながら

『残せ! 残せ!!』

と我を忘れて応援した記憶があります。



カネヒキリも帝王賞(GⅠ)以来

屈腱炎に悩まされて

大変な競争馬人生になったと思います。

(その後の復活は凄かったですね。)



ただ、当時の僕にとっては

カネヒキリは完全にヒールで

ミツオーが勝った瞬間は

『どうだ、この野郎!!』

とテンションが上がったのを覚えています(^_^;)



レースの映像を改めて見ていたら興奮してしまったのか

熱い気持ちが蘇ってきました。



好きだったな、アジュディミツオー。



ミツオーのひたむきな走りの向う側に

様々な人の愛情が注がれている。

そう思える瞬間があるからこそ

競馬は素敵なんだなと思います。





※最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


一競馬ファンが偉そうなことを言ってしまい

気分を害された方もいるかと思います。

もし、そうでしたら謝ります。失礼しました。



しかし、アジュディミツオーのファンだからこそ

伝えたいこと、書き残しておきたいことが

あったのも事実です。

このブログを読んで

少しでもアジュディミツオーに

魅力を感じていただけたなら嬉しいです。

もしよろしければ、コメントをいただけると幸いです。

どうもありがとうございました。


はるかなる。





★はるかなる。の人生ゴボウ抜き!!★は

毎日20時30分~21時頃に更新しています。




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2 Responses to “心の名馬たち(2) アジュディミツオー”

  1. アジュディミツオーファン より:

    SECRET: 0
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    初めまして。大学時代は関西から南関に通い詰めていた、アジュディミツオーの大ファンです。
    ファンとして共感できる文章で、ミツオーの魅力がこうして語り継がれる事が本当に嬉しいです。
    彼こそ「地方の雄」に相応しい、真の意味でカッコイイ男です。
    レコードの出るようなハイペースで逃げる姿は、レースを我が物にする肉食系の印象がありました。
    私もそうですが、女性ファンが多いのも頷けます。
    ミツオーが引退して、私も仕事が忙しく船橋へ行けていませんが、ミツオーに憧れて乗馬をしています。
    貴ブログを拝見し、産駒の応援のため、久しぶりに船橋へ行こうと思いました。

  2. はるかなる。 より:

    SECRET: 0
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    嬉しいコメント、ありがとうございます(^ ^)
    アジュディミツオーファンさんは文章が上手ですね。
    読みやすいので参考にさせていただきます。
    それにしても関西から通っていたというのは凄いです。
    筋金入りのファンの方ですね!!
    ミツオーの逃げっぷりは、無骨な男の生き様のようでした。
    俺についてこいタイプというか、侍タイプというか。
    しかし、女性ファンが多いというのは知りませんでした。
    いやぁ、それは羨ましい限りです(*^_^*)
    船橋競馬場はローカルらしさを残しつつ
    少しずつ新しい風が入ってきた印象です。
    訪れる際はその辺りも楽しんでみてください。

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